タイムリーなので、書いておこうと思う。
ただ、直前に効果的な練習方法とか、これをすれば絶対に緊張しないというようなおまじないでは無いので悪しからず。
もしかしたら皆さんは、本番を控えた演奏者というのは、数日前から精神を集中し、周囲との接触を断ち、当日に向けて士気を高めるため修行僧のように小屋に籠り練習しまくっているものだと思っているかもしれない。半分くらいは当たっている。
ぎゃあ!どうしよう!人類のもっとも偉大な精神発露である音楽という藝術をわたくしが演奏するにあたり…とかいうのは普段から心にとめておいてくれればいいことであり、今は必要ない。
本番前にやるべきことは、不安要素を取り除いていくこと。
不安を呼び起こすものというのは突き詰めていけば大抵、暗譜とメカニックに限定されるはずだ。
あとはコンサートをまとめるだけの体力と統率力。この二つはコンサートプログラムをひたすら通していれば慣れる。ただそれだけのこと。
暗譜が曖昧な個所があれば頭の中をクリアにしておく必要がある。
頭と体、視覚、聴覚、触覚、嗅覚とすべての方法を試しておく必要がある。嗅覚というのは馬鹿にできない。ホール特有のにおいは演奏者を震え上がらせるに十分であるからして、いかなる香りの中でも確実に演奏できるよう普段から対策を講じておく必要がある。
複雑なスコアであれば楽譜を見て弾けばよいのだろうけど、たまに人智を超えたものに出くわすことも無きにしもあらず。ダンタイソンはそういう場合は目を瞑って弾き切ってしまえばよいと言っていた。あえて現実を見ないということだろう(笑)。
難しい個所が弾けるだろうかというもの大きな不安要素である。
ちなみに、普段できないことが本番でできるなどということは絶対にあり得ない。本番に何かが降ってくるとかそういうのに期待してはいけない。
音楽の神様は毎日同じところにいらっしゃる。
大切なのは集中力の無駄使いをしないこと。あるパッセージが何故に難しいのか、理想と自分の演奏との距離を冷静に見定めること以外に集中力を使わないことが重要と思われる。
あと気合だとかやる気だとか、そういうものは必要ない。
ローゼンもエッセイの中で書いているように、割り切ったメカニックの練習はながら作業がよい。
メカニックな部分の練習というのは繰り返しやるもの。おんなじフレーズを何百と繰り返すため耳は疲弊し頭はうんざりしてしまう。そうなると肝心の音楽に新鮮な気持ちで向き合えなくなる。これでは本末転倒だ。
弾き手は何百回と練習し頭の中はマンネリズムの塊になっているかもしれないが、お客さんは当日初めて聴くのである。疲れ切った音楽を提供してはいけない。
なので頭が音楽に向かないように仕向ける必要がある。
ローゼンは音楽とは全く関係ない本を読みながら練習するようだが、それもなかなか高度な技であるので、僕はテレビを見ながら、もしくはヘッドホンで椎名林檎を大音量で流しながら練習している。この時重要なのはできるだけテレビの内容、椎名の歌詞に集中することである。
ちなみにヴァイオリニストのオイストラフも来日時、音階の練習はテレビを見ながらやっていたそうで、相撲中継の立会いの間は音階練習、待ったなしになった時からはパウザ、勝負がついた瞬間から再開というサイクルで練習していたという。
というわけで本番前から集中すると神経の無駄使いになる。
集中し切った演奏は一日に一回すれば十分である。ネイガウスもいっておられるけれど、練習が自分のための演奏会になってはいけないのである。